酒井式の放送を見て

酒井式の放送後考えたこと

 子どもと一緒にマジレンジャーと仮面ライダー響鬼を見てからビデオ録画しておいた『わくわく授業 わたしの教え方 ゆっくりしっかり描いていこう  〜酒井臣吾先生の図工〜 』を見ました。学校祭前で昨日も生徒の登校日で通常の勤務だったので、その疲れもありちょっとうつらうつらしながら見たので、先ほど2回目をじっくり見させてもらいました。
 番組としては、優しい酒井先生と楽しそうに絵を描く子ども達という内容で、視聴者に好意的に受け止められるようにまとめられていました。さすがテレビだなと思いました。メディアの力はスゴイと思います。この間私も北海道新聞の地方版にちょっと載っただけでいろいろ声をかけられましたから、今日の放送で全国的にかなりの影響力を持つと思います。
 小学2年生でもたった1時間で全員が人の顔を描くことができて自信を持つことができる。番組HPで酒井氏は『「顔」が終わったら「手の動き」の授業へいきます。次に「からだ全体の動き」の授業へと続き、「人物」が描けるようになったら、動物や風景、物語の絵を描くように発展していきます。自分らしい表現の仕方を身につけるためには、基礎基本も学んでいって欲しいと考えています。』と述べています。

 指導方法の工夫では酒井氏はかなり工夫していることが伺えました。顔の形をくりぬいて画用紙から出させたり、鼻を出させたり、視線を動かしたりの見せる工夫。また、実際に自分の顔を触らせて触覚を使って小鼻、鼻筋、あご、ほっぺた、ほお骨、唇などの違いを意識させたりしていました。触覚は有効で鼻や唇まではやっていませんが、あごとほっぺたのラインの違いを確かめるためにも、私も中学2年生で自画像を描くときにさわらせたりさせています。
 絵手紙の指導でもわざと筆のはじっこを持って垂直に立てて線を引かせるように技法書に描いてあり、その通りに指導していますが、わざとふるえる線を引かせることで、自分にしかできない味のある線になり、当然絵も味のあるものになってきます。不自由を楽しむという状況です。かたつむりの線というのは線描の一種の方法として様々なところで使われており、酒井式でも使われているんだなと思いました。
 クレヨンの描画指導は中学校では使わないので、パステルの使用法みたいなものだなと見せてもらいました。ただ、クレヨンを折らなくても軽い力で塗り広げることでもだめなのかなと感じました。どうしても昭和世代のもったいないという意識があるせいか、抵抗なくクレヨンを折るという行為を私はできないと思います。
 相互鑑賞で5点の作品から好きな1点を選ばせるために全員を立たせて、選んだ人から座らせるという、いかにも法則化の手法には私は嫌気がさしました。今ではTOSSと言うらしいですけど、指示を明確にするという点でははっきりしますが、絶対に1点を選ばなければならないということが必要なのか。2点が好きでどうしても選べない場合はどうするのか。
 そして、5点の中から好きな作品に手を挙げさせる場面。最初の5点はどの作品も手を挙げてくれる人がいました。1人だけしか手を挙げない作品というのがありましたが、他の場面でもし誰も手を挙げない状況になった場合どうするのでしょう。誰も手を挙げてくれなくて、絵を描くことが嫌いになり教師を信じられなくなったらどうするのか。これについては1回目は見過ごしていましたが、山崎先生のブログの記事を見て2回目で見直してみて、背筋がゾーっとしました。

 顔を描くことに関しては、顔の見方をどう認識させて、どんな描画材料で描画させるかということで、いろいろあるなかの一つの方法にすぎないなという感じで受け取りました。キミコ方式でも顔の描き方はあります。それらも含めて同列なものに思います。ただ、それが小学2年生にとって必要なのかどうかとうのは、中学校教師である私にはちょっとわからない点です。
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 私の娘は6歳で保育所の年長さんですが、絵が好きでたのしんでよく描いています。この間も息子の姿をF100号に描いていたら、その横で絵を描く私の姿を描いてくれました。筆を持っ
て息子の顔を描いている途中のお父さんの姿です。ユニクロのキースへリングの自転車Tシャツやワゴンの絵の具やミスドのコーヒーカップなどよく見てるなと感心しました。小学校2年生といったらいまから2年後です。親としては娘に今日のテレビのような絵を描いて欲しくはないなと思います。もし、自分が描きたくて描き方を教えて欲しいと言うことであれば図工の先生に教えてもらってもいいとは思いますが、やりたくもない子どもに、あるいは自分のやり方のある子どもにはそうまでしなくてもいいのではないかと思いました。

 次に気になるのは、HPで見せてもらった、「給食当番」や「シャボン玉」、「鏡の中の私」など構図も描画方法もほとんど同一な作品群です。今日の放送のような「顔を描く」という練習内容的な作品ではなく、構想画やテーマ画になると思います。それらの画像が何枚か並んでいますが、教室中あの作品が並ぶとどうなのか。微妙な違いの個性の表出はあるのでしょうが、あまりにも型にはめすぎてしまって個性が見えにくくなっています。
 その指導も、画一的なものであり、子どもの自由に判断して表現する部分があまりにも少ないのではないかと思います。
 これらの点が問題なのではないかと思います。
 
 さらにTOSSの酒井式ハンドブックというサイトには『美術の授業なんでもハンドブック 図工・美術の指導が苦手な先生、苦手な生徒を助けるサイトです。』というものがあり、さまざまな指導方法が載っています。そこには指導方法を共有化し、困っている先生を助けようとする様子が見られます。
 
山崎先生がブログで
「空しさが残ります。この空しさは、私の意見が受け入れらなかったということではなく、これまでの様々な美術教育研究の成果が実際には、広く受け入れられていないのではないということに対してです。」
と語っているように、本来ならば酒井式やTOSSではなく図工美術を専門にしている研究団体が専門外の先生方を支援することをしなければならないのに、そうなっていない現実がそこにあります。だからこそ酒井式がこんなにも広まっているのではないでしょうか。
 じゃあ具体的に何をどうしろと言うと今はすぐにまとまりませんので、ちょっと考えさせてください。それと、酒井式については知らないことが多いですが、何かあれば他の人のご意見もお聞かせ下さい。
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by nobuhiroshow | 2005-09-19 00:04 | 美術教育


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